「小さな町でも努力をすれば─」 寄稿 朝日新聞編集委員田岡俊次氏
平成12年(2000年)10月19日付朝日新聞から全文掲載
 「人生には不思議な縁というものがある。この町で始まった情報公開がついに国の法律になり、国会でその法案に自分が賛成投票をすることになろうとは最初思っても見なかったのです。小さな町でも努力をすれば─」

 10日、金山町で開かれた情報公開条例発布記念碑の除幕式で、同町の前町長、岸宏一参議院議員はこう言ったのち声を詰まらせた。
 5秒間ほど声が出ない。「何が起きたか」と参列者一同が見つめる中、気を取り直した彼はほぼ20年前から条例案の作成、制定に取り組んだ人々の苦心を語り続けた。終わって席に戻り「お恥ずかしい姿をお見せしました」と周囲に頭を下げる彼の目にはなお涙が浮いていた。
 政治家が涙を見せるのを他にも見たことがなくはない。だがこのときばかりは、万感迫る、という表現がよく分かった。私自身、朝日新聞が80年から81年にかけて行った欧米の情報公開制度の調査と報道に加わり、大学の級友、旧家のゆえにやむなく故郷に戻り、30歳で町長となった岸氏に「日本でもどこかの市町村が情報公開条例を作れば、やがては全国に拡がると思うのだが」と話した張本人だったからだ。

 国は秘密が多くすぐやれそうにない。県も警察を抱えてむずかしい。情報公開を導入しても問題のない清潔な市町村はないものか、社の仲間と話すうち、当時すでに清新な行政を打ち出すことで何度か報道されていた山形県金山町なら大丈夫ではないか、と思いついたのだ。
 電話してみると、少々驚いたことに、彼は新聞をよく読むらしく情報公開について十分知っていた。「いいことだね。秘密にする理由がない文書は町民でも国民でも見てくれ、と言うのが筋だよ。うちが一番にやるか。検討したいから資料を送ってくれないか」
 諸外国の法律の訳文など資料を送る方は楽だが、他に前例のない条例案を作る町長と町職員は大変だ。県や自治省の指導を受けて条例のモデル案を写すのとは訳が違う。当時の町議の一人は「最初は町長がわけの分からないことを始めたと思ったが、まず悪いようにはなさるまい、と考えて賛成した」と笑う。
 1982年の金山町の条例制定から17年後、昨年5月ついに情報公開法は成立し、来年4月から施行されることとなった。それにいたる間「先走ったことをする。迷惑だ」など冷たい目を他の自治体などから向けられた経験も町の職員には少なくないようだ。

 岸前町長は記念碑の碑文に名を入れようとする町当局に「絶対いやだ」と言い張って困らせたらしい。「少し他の人とちがう名誉感をお持ちで」と町の幹部は苦笑する。常識で見れば、税金で建てた建物に自分の名を入れさせる他の首長のほうが異常な神経、恥を後世に残す行為だろう。
 「小さな町でも努力をすれば」の後をあえて続ければ「全国民のために役に立てるのだ」とでもなるだろう。これが地方自治の心意気と言うべきものだな、と古い級友の涙を見ながら考えていた。